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空に向かって手を上げて
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酔っている状態では何事も頭脳はまともに働かないという私の話。
おっさんとユーリの会話なのですが、ユーリの名前をどうしても思い出せなかったという恐ろしい私の話・・・いや、マジに。
何とかがんばった感じが怖いです。はい。






風もない静かな夜だった。
ザーフィアスの城内にあるシュヴァーンの執務室の隣に与えられた上質でありながら簡素な個室で鎧を脱ぎ捨て一人ベットに横たわっていた。
いつ呼び出しがあるか判らないのが騎士の勤めで、隊服のまま横になれば皺になるのが判ってはいるものの、着脱の時間のロスを考えれば誰もとがめる事は無い時間にそんな些細な事を考えない事に決めた。
それでもアレクセイが騎士団長を務めていた頃はそんな些細な事さえ気を使ったが、今ではそれさえ留める事はいない。新しい団長を舐めているわけでは無いが、そこまで神経質になる必要は無い、何処かおおらかな気質になった騎士団に少し居心地のよさを感じてしまい始めたのは誰にも言えない秘密だ。
カーテンさえひかず、窓を大きく開け広げて忍び込む夜風を心地良いと感じながら頭上に登る月を見上げる。
満月でもなくその少し手前。
その名を戴いた古い町の名前よりももう少し手前の冴え冴えとした月を寝転びながら見上げる。
そう言えば月なぞゆっくり見上げたのはいつぐらいだろうか。
まだドンが生前だった頃はよく月の下で酒を酌み交わして他愛もない話で盛り上がった。
更にその前の記憶では憧れの上司と肩を並べて、この窓の風景とあまり変わらない月を見上げて不確かな理想の未来を一晩中語り明かした事もあった。
淡く優しい灯りの下で夜を過ごした人物はどちらもなく、ただ懐かしいと思い記憶だけが心を独占している。
引き寄せたサイドテーブルにはかつての上司が好んで飲んだ酒を並べていた。
酒杯は2つ。
もう一人の飲み友達が好んだように上品では無くなみなみと注いだものが並べてあった。
一滴も零さず片方の酒杯に手を伸ばし、月を見上げながらゆっくり一口と飲む。
そう言えばと思い出す。
どちらの主も不思議と肴を好まなかった。
酒の席ならここぞとばかり飲む酒に合わせた肴に工夫を凝らしたが、二人で語り合う場では不思議とどちらも酒だけを所望した。
息子のように接してくれた主は滅多に零さない愚痴を落としては、俺の決して明るくは無いだろう未来を楽しそうに想像しては幸せそうな笑みを浮かべていた。
道具として扱う前の主は常に希望に満ち溢れて、その一端を担う事ができる自分に誇りを持って、たまには望みはしないだろう言葉さえ叩きつける事さえ出来た。
コクコクと喉を鳴らして酒杯が空になり、胃の辺りからカッと熱くなりだし次第に酔いが回りだして朦朧となりだした頃、見上げていた月が雲に隠れた。
折角気分よく昔を思い出して呑んでいたのにとその雲を睨みつければ
「窓を開けっぴろげて酒を飲むなんて無用心だぜ」
雲は一つの輪郭をともない窓から忍び込んできた。
おや?と思っていれば「よお」と聞き覚えのある声がベットの片隅に質量を伴いながら笑いかけてきた。
これは誰だったっけと少しぼんやりと黒い影を見ていれば月明りに照らされた美しい顔が不意に歪む。
「おっさん、さすがにこれは飲みすぎだろう」
屈んだ姿勢が両手にボトルを三本持って、小さなサイドテーブルの上に並べる。
言われて見れば、酒は好きだが確かにあまり強くはなかったはずと遠い意識の何所かで四本目のほぼ空に近い状態のボトルを見詰めながら、空になった酒杯にその残りを注ぐ。
「もう止めとけよ」
酷く心地良く思えた声は口へと運ぼうとした酒杯を奪い、いっきに飲み干してしまうのを何処か勿体無いというように見詰めていた。
黒い影はいっきに煽った酒気をゆったりと吐き出し
「美味いな」
ただそれだけを言葉にしてもう一つの酒杯へと手をさし伸ばす。
気泡も好くまない何所までも透明なグラスは気難しい主が好んだ物だ。
貴族らしく小洒落た物が好きなのねとグラスを軽く触れ合わせた時の澄んだ音色に呼吸を忘れて聞き惚れたのを静かな笑みで堪能させてくれた主の、今は忘れ形見。
手を伸ばした手を叩き落とせば不満そうな視線を見もせずその手を引き寄せ
「これは予約済みだ」
と、人様の者に手を出すなと忠告する。
じゃあ誰だよなんて切り返すと思っていた口は何故か閉ざしたままで、突然のお預けを喰らった彼はただ俺を睨みつけている。
その視線が酷く子供っぽかったのが何処かおかしくて
「これはもう一人の私のものだ」
レイヴンのか?と不思議そうに訊ねる漆黒の影に違うと首を横に振る。
「シュヴァーンはあんただし、レイヴンじゃないとしたら・・・あんたは俺達の知らない誰になってたんだよ」
任務の為には誰にだってなったつもりはあったが、それもどれも違うと苦笑を零しながらそうだなと、今晩の酒の相手を瞑った瞼の内側にその姿を描き出す。
「シュヴァーンでもない、レイヴンでもない、名前のない俺なのかな」
幸せとは縁遠い、不幸を一人押し付けられてしまった彼の名はなんだっただろうか。
道具と呼ばれた彼に付けられた名前はシュヴァーンであったが、それは主が好んだ人物に瓜二つだった為に仮初の物として与えられた物。
総てを受け入れてくれたもう一人の主のレイヴンはその前以外は道具とさほど変わらない哀れな孤独な生き物で、やはり与えられた名前の仮初の物。
今となってはその両方を知る物はたった一人になってしまった為に、孤独な彼を受け入れるのはその一人。
そんな俺と俺の関係を知るわけもないだろう美しい黒い影は黒曜石のような瞳を月明りを反射して俺の顔を覗き込んでいる。
「まあ、おっさんがおっさんでなかったとしてもだ」
若く素早い漆黒の影は一度叩き落とされたからと言って諦めずにサイドテーブルの酒杯を掠め取りいっきに飲み干してしまった。
「おっさんの相手が飲まないならいつまでもこの飲み会は終わらないだろ?」
酒があるうちは終わらない宴をいつまでも続けるのは単に自分に酔っているだけだろうと盛大に溜息をついて強制的にこの宴を終わらされてしまった。
そうなればぼんやりと美しいグラスを見ていた視線はぐらりと歪み出す。
そのまま引力に導かれベットに仰向けに倒れ込めば、隣の美しい影は楽しそうな口元で俺を覗きこんでいる。
「酔いつぶれたか?」
笑みさえ伴う楽しそうな口調に「ああ」とだけ肯定すればその闇も質量を伴いながらベットのスプリングを軋ませる。
「おっさん、今度飲むときはさ・・・」
言って言葉を選ぶように少し間を空けて
「俺を誘ってくれると喜ばれるんだぜ?」
確かに一人で飲むより楽しいかもなと思いながら目を瞑る。
かつての夢を語った二人と同じようにもう一度夢を語り合う事が出来るのだろうかと思いながらその影に手をさし伸ばす。
さらさらとした絹糸にも似た感触を指先で感じながら、それを絡めとり絹糸に向って語る。
「そうだな。今度飲む時があったら・・・」
何の話しをしようか。
夢はまだ漠然で形が無い為に言葉として露せれなかったものの、その話がただ幸せを覚えるものだったらいいな。
そう告げれたかどうかは俺は知らない。

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