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二人の昔話。
想い出は美しく
記憶は適当で







濁った濁流に呑み込まれてどれぐらいが立っただろうか。
まだ辛うじてフレンの声が聞える辺りそれほど時間がたってない事を願いつつ、飲むつもりはない川の水が口の中に飛び込んでくる。
咽て吐き出すもそれよりも早く口を塞ぐ川の水は体の内から川底へと引き込もうとしていた。
いくら暴れても捕まる物もなく、足はただ闇雲に水を掻くだけ。
さっきまでの眩い青空は何処かぼやけていて、結界魔道器の描く魔方陣と一体化していた。
だんだん足掻く手や足にも力が伝わらなくなり、辛うじて見えていた遮る物のない青空が淀んでいく中、何かが強い力で引っ張っていた。
よくは判らないがそれからだんだんまた賑やかになって、頬に強い痛みを覚えた。
強い痛みと同時に手は暖かな地面の温もりを感じとり、さっきまでの不安定な足場は踏み締めれば確かな力が戻ってきた。
それと同時に体を起そうとして急激な吐き気に催された。
「とにかく飲み込んだ水を吐き出すんだ」
胃袋の上からぐいっと力の込められた手を当てて、背中をさすり上げられれば吐き気と共に強制的に水を吐き出す。
濁った水と共に、昼に食べた物まで一通り胃の中全部を吐き出せば
「とりあえずは大丈夫か?」
抱きかかえられたと思えば川から離れた場所に移動して乾いた地面の上に座らされた。
そこでどうやらあの濁流の中から俺を助け出したらしい人物を見上げる。
赤い鎧の騎士だった事にまず驚いた。
騎士が、しかも赤い色の騎士が平民を助けるなんて想像もした事がない。
逆光で顔はよく判らないが、背中の半分まで伸ばした長い髪を無造作に絞り、低い位置で結わえなおしている姿をぼんやりと見上げる。
「ユーリ!」
聞きなれたフレンの声と共に正面から飛び込んできた。
心配したんだぞと言うように眩い青空と同じ色の瞳が涙混じりに怒っている。
さすがに命のかかったこの事件に素直にごめんと呟けば、少しだけ虚を突かれたフレンは笑いながら溜まっていた雫を一筋落とした。
「それにしてもまったく無事でよかった」
ハンクス爺さんは拳骨を落とさず代わりに何度か頭をさすって
「さ、騎士様も一度下町に寄って下され。騎士様のお召し物を乾かさないといけないし、馳走は無いけど、せめて何か召し上がってくだされ」
ささ、と背中を押して促すが
「すまないが、私はまだ任務の途中で・・・」
「そんな事を仰らずに・・・」
「小隊長こちらでしたか?!」
足早にまだ何所の隊にも属さない最下級の騎士達が数人集ってやってきた。
「そ、そのお姿は・・・」
さすがに驚いた様子を隠せずにいたが
「それよりも何か急用ではなかったか?」
「失礼しました。隊長がお呼びです」
「了解した。ご苦労」
凛とした涼やかな声に騎士達は敬礼を取り輪の中心から離れた所で隊列を組んで待っていた。
「では私はもういく。これにこりてもう雨の降った後の川で遊ぶのはやめるんだな」
ハンクス爺さんと同じようにわさわさと頭を撫でられればどこか不敵な笑みを浮かべて去って行ってしまった。
フレンがその背中に向って「騎士様ありがとう」とお礼を言ったのに対して俺は礼の1つも言えずぼんやりとその背中を見送っていた。



とたとたとた・・・
軽い足音が小走り気味で近付いてくる音で意識が浮上した。
ゆっくりと目を開ければ何所までも澄み切った青空ではなく、木目がひしめく天井に宿屋の部屋の中だった事を思い出した。
ベットに体を横にしてぼんやりとしているうちに眠ってしまっていたらしい。
窓の外はもう暗く
「ユーリ、起きてる?」
そーっとドアを開けて部屋を覗くようにして声をかけたカロルに手を上げて返事をした。
「今起きた所」
「良かった。もうすぐご飯にしようかってみんなが言ってるんだけど」
「りょーかい」
ベットから下りてドアの所で待っていたカロルと一緒に階下の食堂へと向った。
食堂では既に賑やかな喧騒が溢れていて、二つのテーブルをつなげた俺達の席でも既に運ばれていた食事を取り分けている所だった。
「青年、よく眠れた?」
「おかげさまで」
器用にサラダボウルからスプーンとフォークで取り分けていたおっさんが平等に皿に盛っていく。
カロルはカタカタと椅子を鳴らしながら席に着き、頂きますと一言断わってから早速サラダを口へと運んだ。
リタはちらりと俺を確認しただけで、先日からずっと読み続けている本を読みながら器用にサラダを口へと運んでいた。
ジュディスもパティもエステルも俺が席に付いたのを確認してからフォークへと手を伸ばし、取り分けられたサラダを中断していたらしい会話と共に話に彩を付けた。
「それにしても珍しいわね。青年が昼寝だなんて?」
「そうか?」
店のオリジナルだというドレッシングをかけて食べるサラダは赤や黄色とカラフルで見た目にも楽しい。
「おっさんは一日中寝てたいけど」
「眠ってばかりだとぼけるぜ?」
「三食昼寝付きって言う生活が夢なのよ」
「格好のパトロンでも捕まえるんだな」
「それこそ夢物語ね。
 シュヴァーン時代にはいた事はいたんだけど、それがまた気難しい御仁でさぁ」
などと、聞くにも痛々しい思い出を笑い話で語れるようになった男は運ばれたブイヤベースを口に運びながら過去の一つを語りだす。

船団を組んでの訓練の時だったか、風が凪いだ穏やかなある日、大将は小島の近くに船を止め、珍しく休憩を取った。
遠浅の浜辺もあり、折角だからと船から降りてなんでかその浜辺でキャンプを張る事になった。
出立は明日でもかまわないから迷わないように気をつけろとその日は自由時間になった。
三週間も船に乗っていれば陸が恋しくなり、慣れたとは言え揺れない地面に隊員たちはみんな子供みたいなはしゃぎっぷりだ。
アレクセイも鎧も隊服も脱いでラフな格好で一人未開の島の奥へと向うから慌てて共についていけば、ありがたい事に生水が湧いていて、澄み切った大きな池が目の前に開いていた。
「飲めるのかな?」
「調べてまいります」
岩場を下りてヒヤリと冷たい池へと手を差し伸べれば水の流れと共にたゆたう水草と、突然の来訪者に慌てて逃げていく小魚の群れ。
大丈夫だと両手で掬い口元へと運べば甘いとも感じる水が喉を潤す。
「大丈夫でしょうが、生水ですので一度沸騰させた方が良いかと思います」
そうかと呟いた男は何を思ったかそのまま岩場の上から綺麗なフォームでその池へと頭から飛び込んでいた。
バシャンと大きな水音と飛沫を上げて、飛び込んだ人物を澄み切った池の上から探せば程なく側にやってくるのがわかった。
とにかく池から上げようと思い手を差し伸べれば、気付いた相手はその手を掴み、強引に池へと引っ張り込んだ。
哀れシュヴァーンはそのまま池へとまっさかさま。
完全な不意打ちに鼻から水を吸い込みあまりの痛さにすぐさま水面へと上がり岩にしがみ付いて咽こけていた。
「だらしないぞシュヴァーン」
声を立てて笑うアレクセイを涙目で睨みつけるも本人はいたって悪気は無いというように池を泳いでいた。
長い船上生活で一番貴重とされるのはやはり水だ。
風呂に入るのも憚られる狭い船内の生活はもはや自分との戦いと言ってもいい。
比較的余裕のある生活が出来るアレクセイといえどもやはり毎夜風呂に入る事は許されず、濡れた髪に指を通す動作。灰味がかった銀の髪から飛ぶ雫を眺めながら

「不謹慎にもそんなにも風呂に入りたかったのーっておっさん思っちゃったわけよ」

あまりの正直な感想にぷっと吹き出してしまった。
「確かに三週間はきついかもしれないけど」
くつくつとこぼれる笑をかみ殺しながら、あの顔でそんな事に喜ぶのかよと、いやこの場合こんな感想を持ったおっさんの無神経さが可笑しい。
きっと二人の過去は何の言葉がなかっただろうがたぶん思想相愛と言う奴だったと思う。
アレクセイとしてはやっとむさい船内から解放されて、海水ではなく生水で汗や垢を落とせて綺麗さっぱりとシュヴァーンと一緒に浜辺で星空でも眺めようかと内心たくらんでいただろうが、相手は10年前とは言えおっさんはおっさん。
本人はロマンチストなはずなのに、何故か与えられる優しさには何所までも鈍い初心な男はたぶん水の中に引きずりこまれた意味さえ判らないのだろう。
半ばアレクセイに哀れみを覚えながらも新たにやってきた骨付きスペアリブを齧り付く。
「おっさんだって大変だったのよ」
笑う俺と同じようにスペアリブに齧り付きながら話しを続ける。

悠々と泳ぐアレクセイを眺めながらシュヴァーンは途方に暮れていた。
水の中の小魚の群れに興味は尽きないが、如何せん泳ぎ方を知らなかった。
潜っては色とりどりの魚の群れがあるから見に来いと誘うアレクセイに苦笑いを返していれば暫くもしないうちに泳ぐ事が出来ない事が露見した。
大体結界の中に住んでいると海沿いの街でなければ泳ぎ方を学ぶ機会はない。
騎士団でも大半が泳ぐ事は出来ず、まさか目の前の男がその一人だとはさすがに思わなかっただろう。
少し小難しい顔をして寄って来たアレクセイは強引に手を引っ張って池の中央へと俺を引っ張っていった。
足の付かない不安と浮ばない体に思わずしがみ付けばアレクセイはただ楽しそうに笑う。そして俺を背中にしがみ付かせたまま器用に泳ぎ、飛び込んだ対岸の岩場まで来れば、水の湧くポイントがあった。
湧き出る水の流れにさらさらと砂が流れ、周囲には赤や青、黄色と言ったカラフルな小魚が群れを成して泳いでいた。
しばらくの間その幻想的とも言ってもよい自然を眺める。
「美しい」
ポツリと零した無意味な装飾をそげ落とした感嘆と言うべき感想に
「そうですね」
共に思う想いは何所までも同じもの。
「美しいな」
もう一度。
紅玉の瞳が優しさと仄かな温もりを携えて真っ直ぐ私を見た男は、更に何か言葉を繋げようと口を開いて・・・

「あの後大将が何を言ったのか覚えてないのよ」

ガジガジとスペアリブの骨を齧りながらうーんと唸る。
「で、この思い出話はなんだ?単なる惚気か?」
何か無性に腹が立ち、おっさんの皿からスペアリブを一つ奪って齧り付く。
「何で惚気とかそういう話になるのよ。
 おっさんが言いたい事は肝心要の所ってどうして覚えてないんだろうなって言う話しなのよ」
とてもそういう話には聞えなかったと、そこは肉と共に飲み込む。
「そういう事って青年にもあるでしょ?」
「無い。事は無いんだな、実は」
先ほどの夢をふと思い出す。
あれほど見上げていたのに顔をどうしても思い出せない。
ハンクス爺さんに聞くも、俺達の住んでいる下町では見ない顔だったというし、騎士団の小隊長は山ほど居るのだ。
何よりも10年ほど前の話しだし、と思いつく。
「なぁ、黒色で髪の長い小隊長っておっさん知ってるか?」
「黒で髪の長い小隊長・・・というと、へスター?それともグラナダ?それとも・・・」
「いや、男じゃなくて」
「女で黒髪の長い奴は・・・居たかしら」
うーんと唸りながらも一通り顔と名前を覚えてるんだなと密かに驚きながらも
「やっぱり覚えないわ」
済まなさそうに最後のデザートを俺へと贈呈してくれた。
ありがたく受け取ろうとした所で
「ひょっとして初恋の相手?」
「いいや、命の恩人」
いえばそれこそ残念とつまらなそうにデザートを今度こそ渡してくれた。
「どっちにしろ、想い出は美しくあれ、って奴だな」
「そういう事にしておきましょ」

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