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おまけのお話です。
養父設定にときめいてくれた方が居たのでリクエストに答えてみましたが見事失敗です。
良かったらお楽しみ下さい。

ダブルセカンド 00



「今日私は彼に告白しようと思っているのだがどうかな?」

どうかなといわれても返す言葉は無い。
人に宣言するくらいならさっさと本人に告白しろと言えないのは帝国騎士団で絶対的な地位に立つ上司からの相談と言うか、幼い頃から慕っていた貴族仲間とかそんな物が絡まって上手く返す言葉が見つからないのが現状だろう。
ちらりと隣を見れば俺と同じ条件のキャナリは窓から忍び込む春の柔らかな風に柔らかに髪を靡かせながら、俺と同じように意識を飛ばしかけていた。
それは目の前の上司、帝国騎士団団長から前々から受けていた相談をのらりくらりとかわし、守ってきたと言ってもいい同期の親友を守りたいが為。
主席で入団したのに平民出身だからとそれだけで今だ小隊長で燻っていた彼は今日この日をもって平民初の隊長へと昇任する事になった。
数々の功績と危険な任務に率先する姿を騎士として認められた物だが、過去にもそういった騎士はいくらでも居る。
その彼らと親友が得た違いはただ一つ。
騎士団団長の陰からのとても口に出しては言えない涙ぐましい努力があった事は・・・記憶から消去した。
「所で確認したいのですが」
何とかアレクセイの告白を止めたいと思っているキャナリはその思いが間違いじゃないかと言うように問質す。
「彼の、シュヴァーンの何処に閣下ともあろう方がひかれたのかお話いただけないでしょうか。
 もちろん私達もシュヴァーンが今だ隊長に任命されない理不尽さを理解してますが」
と、シュヴァーンへのフォローを忘れないのはさすがだと思いながらもう一度耳にタコの気の遠くなる話を聞く事にする。
「シュヴァーンの良い所なんて言わなくても判るだろう。
 騎士として真面目実直に規律を守り、危険を伴う任務も誰もが厭う任務さえ進んで参加し、個人的にも褒美を与えたいと食事に誘うもそれは騎士としてあるまじき事。賄賂と間違われては私の名にも傷が付きましょうとの奥ゆかしさ。更にどこぞの貴族と言えば私に媚ばかり売り実力も実績もないくせに隊長に上げろとばかりの要求。
 そんな騎士団の中でシュヴァーンは私の癒しなのだよ」
これ以上騎士として相応しい人を私は知らないとでも言うように褒め称える言葉に粟立つ肌を宥めるように擦りながら、アレクセイの言葉に齟齬があることを指摘したい。が、彼は今だ半ば酔ったようにあの華奢な体でだの細い腰だとか朗々とシュヴァーンの事を褒め称えている為に何を言っても聞えないだろう。
隣のキャナリも訊ねて置きながら耳が逃げ出すのでは無いかと言うくらいの恥かしい言葉を並べ立てるアレクセイに意識が遠のき始めている。
というか、実体を知るだけにこの閣下の勘違いにどうやって指摘すればいいのかさえ見出せなくなっていた。
確かにシュヴァーンはどんな危険任務にも誰もが嫌がる遠征にも喜んで参加する。
それには理由があるからだ。
小隊長とは言えはっきり言うと給料は安い。
庶民の暮らしではそれで一家族が養えると言うのだから貴族からの価値観で物事を図ってはいけないのだろう。だが、奴の家にはそんな薄給は瞬く間に消えていく事情があった。
その薄給に少しでも色をつけるために危険任務手当てや遠征手当てだのを目的に稼いでいるだけ・・・とは当人の懐事情を思えば口には出せない。
もちろんアレクセイのお誘いだって騎士団の内部を知っているシュヴァーンにも魅力的な意味にとれるのだろうが、それを断わってまで帰らなくてはいけない理由がさらにある。
何でも家が崩壊するからとか・・・
あれは体験した者でないと判らないバイオハザードだ。
今だ死人が一人も出ない事が奇跡と言ってもいいだろう。
その攻防の為に彼は任務時間が終了すれば誰よりも早く家へと帰っていて、これは一つの名物になりつつある。
そんな彼をどう間違えば奥ゆかしいとか癒しとか言ったものになるのだろうか。
更に付け加えれば彼はれっきとしたノーマル嗜好だ。
女性が好きだ。好物と言ってもいい。
その嗜好がここ数年発揮されていないのは彼のプライベートに直結している。
その前を知らないだろうアレクセイに男からの告白は問題外だと言い切ったくせにやけに男にモテる境遇は入団以前からもあったという。
故に女好きが進み、男とは友情までと男嫌いと言ってもいい嫌悪感ははっきりとしていた。
告白前から騎士団団長がこっぴどく振られるのは目に見えていて・・・一縷の望みがあるとするなら、その告白を任務のうちと割り切るだろうシュヴァーンの忍耐力だ。
何とかしてその告白を思いとどまって欲しい、それが原因で騎士団団長が再起不能になって貰っても困ると何とか留めているのだが・・・
「タイミングとしては任命式の時に告げようと思っている」
頭にお花畑が広がっているんじゃないかと言う男に我々のささやかな防波堤は意味を成さなかった。
「僭越ながら」
申し訳なさそうに小さく手を上げて意見を伸べようとするキャナリにアレクセイの緩みきった紅玉がひたりと向けられる。
「何か意見でもキャナリ隊長」
不服かとでも言いたそうな顔に
「シュヴァーンは何所か潔癖な傾向があります。公私混同されては折角の好意も落胆するのでは無いかと」
潔癖な傾向・・・とは初めて聞いた。
考えなくても判るキャナリのなけなしのシュヴァーン像で、彼が潔癖なのはトイレの後は手を洗うと言うことぐらいだろう。しかも女性の前限定だ。
「む、そうなるとやはり式典の中で告白はやめておいたほうが無難だな」
「そうでしょうね」
一応取り止めてくれた事には安堵するもその後に続いた式典の場ならシュヴァーンが私のものと知らしめる絶好の機会なのにとの独り言は聞かなかった事にしておいた。
夢見すぎだと思いながらも告白の作戦を練るその顔は思わず目を反らせたくなる物。
せめてどちらかが式典直前に腹痛でも起して欠席してくれないかと願うのがイエガーの精一杯の願いだった。



式典の時刻は無情にもやってきた。
今回昇格する貴族の端っこに一回り小柄な体が並んでいた。
不思議な事にシュヴァーンとお知り合いになりたいという男は我が隊にもいる。
恋人がいる身とは言え何でここに独身女性が居るのになんで男が言いのだろうかと軽い殺意を覚える物の、分け隔てなく屈託なく笑みを向ける無防備な笑みがいつ襲われても知らないわよとイエガーに忠告しておくのはもう口癖だ。
ただ、彼の小隊の印象は別である。
あの笑顔を向けられると問答無用で危険かつ苛酷な任務に付き合わなくてはいけなく悪魔の微笑と呼んでいる、と。
ちょっとだけ同情するわ。
騎士団の認識とは違い、その彼と接している小隊の皆さんの任務は小隊長を魔の手から守れをもっとうとしている。
ただし、今度の敵は相当手強く、何よりもシュヴァーン自身が尊敬している人物だ。
実体を知らないのによくそんなふうに尊敬できるのねと思うも、どっちもどっちなので案外お似合いじゃないかと考えるが、この二人のお付き合いだけは認められない。
「キャナリは何でそこまで二人の恋愛に反対なのですか?」
もう面倒だからいいじゃないかとイエガーにかつて問われた事もあるが返した言葉は今も健在だ。
アレクセイの告白が無事叶ったとしましょう。そんな前置きを踏んで
「誰がどう見たってシュヴァーンがアレクセイに無体を働かされるのは目に見えてるでしょ!
 体格差、力加減どれをとってもアレクセイが上。二人とも大人なんだからおてて繋いでな付き合いな分けないじゃないの。
 あんな精力的な男の手にかかったらシュヴァーンは見るも無残じゃないのよ!」
「そんな想像をしてたのか・・・」
イエガーにどんびきされながらも女から見ても騎士としては華奢な男に心配は尽きない。
「可能な限り守ってあげるからねシュヴァーン」
と祈りながらも「その割には無責任な言葉だな」と的確なイエガーの突込みは無視をした。
そんな事を思い出している合間にアレクセイの告白と言うサプライズは無いまま無事式典は終わり、ほっとした溜息と共に少しだけ気が抜けた。
その場で解散となり、緊張の解かれた会場はざわめきに包まれる中、壇上では新たに隊長となった騎士達がお互いに挨拶を交わす合間を縫ってアレクセイはシュヴァーンに近付いていた。
嫌な予感がしてこの場を逃げ去ろうとするイエガーの手首を引っ張り駆けつけようとするもアレクセイの何所に自信があるのか判らないそんな声がざわめく広間においても通る良い声でシュヴァーンと話かけていた。
「この後の予定はあるのかな?」
そんな差し障りのない会話の切り出しに誰ともなく壇上の二人に視線が集っていた。
「いえ、今日は任務もなく真っ直ぐ家に帰るだけです」
なんせ夜通しこの式典の準備を進めたのは彼らシュヴァーン小隊の皆さんだ。
自分の式を自分で整えるなんとも理不尽な任務を引き受けたのは夜間任務の為に給料が一割上乗せとなる為。
涙ぐましいと目頭を押さえたのはイエガーだったが
「では、この後昇格を祝いに食事でもどうかな?」
この時間ならランチのお誘いだろう。そのまま夜まで縺れ込むつもりだろうが甘い。
「ありがとうございます。ですが先約がありまして」
先約があるとは言え語尾を濁してしまうのは相手が騎士団団長だからだろう。
ここでまさか断わられるとは思わなかったのか何処か視線が彷徨うアレクセイにイエガーの笑い声が背後から聞えた。
普通ならどんな先約でもほったらかして団長についていくものなのだろうが、そんな返答は初めてなのか続く言葉を探す顔は確かに見ものだ。
「どなたか、例えば女性との約束なのかな?」
それなら男としては身を引かなくてはならないなと言うように茶目っ気に言うもその言葉の端々からは長年の付き合いでシュヴァーンに女性がいないことぐらい調査済みだと言っているのは読み取れる。
調査員を派遣し彼の団長権限でプライベートを調べる職権乱用もいいとこだと溜息を零したのは毎月恒例の行事だ。
「いえ、そういうわけでは無いのですが、ただ、違え難い約束なので」
心底申し訳なさそうに頭を下げるシュヴァーンに懐の深さを見せようかと言うようにしかたがないと微笑みながら了承する顔に背筋に寒気を覚える。
「では明日ならどうだろう?夕食を一緒に、どうかな?」
周囲の貴族たちも是非ご一緒させていただきたいというように視線は食いついているもシュヴァーン「はぁ」と煮え切らない返事を返すのみ。
「その場で君との将来の事について語り合いたい」
語り合わんでも良いといつの間にか人垣が出来、二人の元になかなか辿り着けないでいて苛立ちが募る。
シュヴァーンは意味が判らないといわんばかりにポカンと間抜けにも口を開いていたがアレクセイはまったく見えていないようだった。
「将来・・・とは何を・・・」
嫌な予感を感じてか何処か顔が青ざめていくシュヴァーンはそれでも相手を考えてか相対している。
「もちろん君と私のだ。シュヴァーン、君の事を愛している。我々の未来に前向きに検討して欲しい」
「愛・・・前向きに検討・・・」
思考が追いつかないというように口をパクパクしているシュヴァーンとは反対にこの告白劇を見ていた至る所から悲鳴が上がる。
主に反対意見を主張する面々と出し抜かれた恨みが半分半分だが、この騎士団でアレクセイ以上の人物は片手で数える程度もいるだろうか。
壇上ですっかり二人の世界と言うかアレクセイの世界を作られた中で誰もがシュヴァーンの次の言葉を待っている。
やたらと集りだした人垣を抉じ開けながら二人の前に何とか辿り着いた。
やはりと言うか当然と言うようにシュヴァーンは困りきった顔をしていたが、やがて申し訳ないというように頭を下げ
「折角ですが、私には子供がいますので私の一存でお答えしかねます」
「子供がいる?」
鸚鵡返しに問う言葉は何故かこの人込みの中で私とイエガーを見つけどういうことだと問質していた。
どうせアレクセイが使った間者はシュヴァーンの騎士団内だけの情報をかき集めた物だろうからと、私とイエガーは壇上に飛び乗ってアレクセイの身長差を気遣わない耳にそっと事情を話す。
「閣下、彼は二人の養子を迎えています」
「血縁関係は?」
「まったくありません」
「見ず知らずの子供を?」
「男児二名です」
目の前に当人がいるなら直接聞けばいいじゃないですかとイエガーの間延びした声を尤もだと思うもアレクセイは聞こえてないのか何処かふむと考え込むようにくすんだ空を見上げ
「確かにシュヴァーンの言う事は尤もだ。顔も合わせた事もないのに家族になれと言うのは明かに不躾だな」
と言うか、お付き合い前提じゃなく、決定事項なのですかとイエガーの突っ込みに力強く頷くも今のアレクセイ様にはそんな言葉なんて届いちゃ居ない。
ちなみに貴族同士の間では顔も知らずに挙式当日顔を合わせて結婚と言う事も極普通にある事。これでも好きな相手にアピールしてるつもりなのですねと努力は認めるものの、それは相手の顔を見てから言って欲しいものだ。
かわいそうに半分意識を飛ばして呆然茫然としている。何所を見ているか判らない彷徨う視線が涙を誘う。
その間アレクセイは何かを考えるようにシュヴァーンの頭を見下ろして
「確か君は今から家に帰るのだったね」
はいと言う返事に魂の欠片も感じる事は出来ない。
「私もこの後は午後まで時間が空いている。いずれ私の子供にもなるのだ。一緒に説明に行こう」
何もかもがすっ飛ばされた言葉に耳を傾けていた騎士達のいつの間にか送る同情の眼差しでシュヴァーンを見ていて、これほど人の話しを聞こうともしない男に勝てると思った者はこの場には居なかった。いや、居て欲しくない。
「では、私も閣下の護衛に供をさせてください」
恭しく頭を下げたイエガーに私も
「シュヴァーンの息子達には私も懇意にさせていただいてます。是非ご一緒させてください」
二人の世界だった所に突如現れた部外者にアレクセイは眉を顰めるも
「確かに見ず知らずの人物が現れても警戒されるだけだからな。よし、二人ともついてきなさい」
言って、では共に参ろうと言う様にシュヴァーンの腰に手を回し壇上を去って行った。
後に任命式の後に告白すると思いが通じると行った間違った噂が飛び交ったのもこの一件が原因とキャナリは任命式があるたびに頭を痛めた。



養父が今日を持って小隊長から隊長へと昇任する事になった。
彼の友人達はとっくに隊長になっているのに、人一倍働いているのに平民だからと今だ小隊長の養父を思うたびにわけの判らない苛立ちに駆り立てられた。
嫉妬と言う言葉を覚えるのはもう少し先だが、努力を認められる日をついに迎える事が出来て昨日の夕方から留守にしている養父が帰ってくる事を兄弟のように育っているユーリと共に外に通じる扉が開くのを待っていた。
机の上には養父が留守の度に世話になる食堂のおかみさんが用意してくれたお祝いの料理を所狭しと並べ、やがて帰ってくる時間をそわそわとしながら待っていれば借りている集合住宅の階段に足音が近付いてきた。
それは一人でなく複数で
「キャナリとイエガーも一緒かな?」
僕達が養父のシュヴァーンに引き取られる以前より親友だった二人の顔を思い出して少しだけ親子水入らずの時間を潰されたと膨れて見せるも、折角の養父の晴れの日だ。今日ばかりは許してあげようとユーリを説得する。
「もうすぐだね」
わくわくと言うように扉が開くのを待つように僕もその隣で待機する。
カチャリとレバーが回り扉を開けながら「ただいま」と何時もの帰宅にお互い目で合図しながらシュヴァーンへと駆け寄る。
「お帰り!」
どちらの声とも判らないように重なった言葉と共にユーリよりもいいポジションを確保する為に全力で鍛え上げられた体に飛び込む。
一歩先に飛び込む事に成功してその胸元に飛び込めばユーリも負けじと腰に纏わり付くように飛び込む。
頭上から「ぐほっ」と咳き込む声を聞くも、暫くしてから「ただいま」と頭をなでまわしながら着替える為に僕達を引き摺りながら部屋の奥に向かうのが恒例行事だが。
「何時見てもすごいわね」
「大きくなった分だけパワフルですね」
養父の背後に並ぶ見慣れた彼の友人達をユーリは睨めつける。
「見せもんじゃねーぞ」
ポツリとつぶやけばキャナリはついと笑みを浮かべ
「シュヴァーンのお祝いに参加させてくれるかしら」
見覚えのある四角い箱を目の前に鼻を近づけれて知らず知らずと笑みを浮かべてしまうのをはしたないと思うも仕方がない事だ。
「喜びはたくさんの人と分かち合わないとな」
ユーリの言葉には尤もだと思いどうぞと家の中に招き入れればもう一人見た事のない巨大な男が入ってきた。
身形も、纏う騎士団の服も養父とは一目で違いがわかるほど立派な物で
「貴族か?」
値踏みするようにユーリがその男を見上げれば
「私とイエガーが幼い頃より面倒見てくれた家族ぐるみの付き合いもある方で」
「騎士団団長アレクセイ・ディノイア閣下であらせられる。失礼のないように」
養父からの注意を聞きながら、常日頃養父が尊敬するという人物の突然の訪問に頬を高揚して見上げる僕とは違いユーリは冷静な目でこの訪問の意図を探る。
それに気づいてか眉をひょいと上げてその手に持つ真っ赤な花の花束を僕達に差し出し
「隊長就任おめでとう。君達の父上は私の自慢だ」
初対面なのに妙に媚びた色をユーリが子供ながら敏感に察知してか
「花なんて腹の足しにもならねぇな」
何処か自信に満ち溢れた顔が強張ったのをいい気味だと鼻で笑っていた。
「ユーリ!」
隣で僕がわたわたとしながら失礼だよ!とたしなめてみるも注意するべき養父のシュヴァーンは心ここにあらずというようにほけっとしている。
アレクセイの背後に位置するイエガーは懸命に声を殺しながら笑い声を押さえ込み、隣に立つキャナリは低い天井も見上げながら片手で目を覆っていた。
そして腰を屈め
「バラならジャムにする事ができるわ。後で作ってあげる」
「お?結構いいもの持って来てくれたんだなおっさん」
軽く胸を叩いてその花束をシュヴァーンに見せに行った背後で人生初のおっさん呼ばわりされた団長閣下の哀愁漂う背中は見物だったと後にイエガーは言う。
貰った花束は養父の指示通り水を張ったバケツに突っ込み
「突然の訪問だからね」
と言って香ばしく焼けた肉の固まりの包みを三つ机の上に置けない代わりにサイドボードを片付けてそこに並べる。
こなれた二人とは別に初めての訪問で戸惑うアレクセイにフレンは椅子を進め、そこに落ち着かせた。
着替えたシュヴァーンに座るように言えば何故かアレクセイの隣に座ることとなり、シュヴァーンの隣は僕達の特等席だと日頃から主張するユーリと二人むっとする。
それからキャナリの手伝いも加わり、丸1日ぶりの家族そろっての食事を堪能しながら食後のデザートと言うようにキャナリの持って来た箱の、芸術と言わんばかりのケーキに目を輝かせる。
普段虫歯になるからと買ってもらえないだけにキャナリの訪問はユーリじゃないけど密かな楽しみだ。
シュヴァーンが滅多に我儘言わない子供たちの好物なんだと言った時以来、彼女がやってくる時には常に片手に甘い菓子を抱えているのを楽しみにしていた。
ちなみにイエガーは現実的に滅多に口に出来ないような料理を持ってくるので、楽しみは今ひとつ薄い。
キャナリが真っ白でふわふわのクリームとふんだんな果物で飾るケーキを切り分けるのを楽しみに待ちながら、どうぞと言う合図と共に既におなか一杯にもかかわらず柔らかなケーキにフォークを突き刺す。
舌で蕩ける食感を楽しみながら、甘く爽やかな酸味の果物に無自覚に笑みを浮かべてしまう。
ちなみに半分も食べないうちに申し訳程度に一口だけ食べた跡の残るケーキがシュヴァーンからそっと差し出されたのは単なる甘い物が苦手なだけだから遠慮なくユーリと半分こにして頂く事にする。
そんな中でアレクセイはケーキを食べ終わると机の上で手を組み
「君達に一つ相談がある」
前置きをして僕達二人に視線を向ける。
隣に居るシュヴァーンは何処か青ざめていて、何処か今にも泣き出しそうだ。
一体何が起きたのか?と居ずまいを正せば
「今度シュヴァーンとの時間の共有の為に彼を我が屋敷へと向かえる事になった」
「ええっ?!」
驚いたのは何よりも当の本人。
今更誰も止められない団長閣下とでも言うようにイエガーもキャナリも僕達から目をそらして沈黙する。
どい言う事だと言うようにシュヴァーンをユーリと共に問質そうとする前に
「もちろん君たち二人も話が屋敷に迎え入れるつもりだ」
言って最後の一口の紅茶を啜り
「家族になるのだから当然だろ?」
思わずシュヴァーンにどう言う意味だと詰め寄ろうとするよりも早くその態度が総てを語る。
俺に拒否権は無い。どうしようもないんだ・・・と。
シュヴァーンの人生最大のピンチだという事は良く判り、何とかこの話題をなかった事にしようとない知恵を絞れば、隣に居たユーりが僕を見ている事に気がついた。
その視線が一度だけ宙を彷徨い
「フレン、お客様のお茶がカラッポだ」
言われて気付けば、そうだねと僕は冷静になる為にも今だ湯気の昇るケトルの湯を使いアレクセイのために紅茶を入れる。
話はどうあれ養父の上司でもある方だ。失礼のないようにちゃんと砂時計を使って紅茶を蒸らし、アレクセイのカップにそれを注いだ。
砂糖もいれずにありがとうと僕に笑みを向けてその紅茶を一口啜り、そのまま倒れた。
「あ」
と言ったのは誰だろうか。
意識が遠のく中アレクセイは一つの声を聞いた。
「うちの茶が飲めない分際で家族になりたいなんて100年早いんだよ」
何かユーリが耳元で囁いているようだったけど、突然倒れた団長さんに三人の騎士は言う。
「緊張が解けて意識失くさなくてもいいじゃないですか」
「閣下はお疲れなのですよ。これは肉体的疲労なのですよ」
「イエガー、お前の所の馬車で閣下をご自宅までお送りしてくれ」
既に意識のない男をイエガーさんと養父が二人がかりで家の外に回された如何にも貴族らしい馬車に連れ込み、そのままイエガーはキャナリを連れて貴族街の方へと馬車を走らせていた。
「騎士団長も大変なんですね」
言えば、無言のままのユーリの手が肩にポンと置かれた。



アレクセイとは結局家族になる事はなかった。
後に言う人魔戦争を前に一方的な約束で取り付けた婚約は養父シュヴァーンの殉職によって白紙となった。
遺品所か亡骸もなくただ知らせを聞いたその死を受け入れる事はできず、報告に来た騎士に最後を知っている人は誰かと問えば常日頃からシュヴァーンが褒め称えていた親友でもあるキャナリだと言う。
報告を告げた騎士を尻目に貴族街のキャナリの家へと乗り込めば、白髪交じりの執事がキャナリの寝室に案内してくれた。
何度か訪れた事のある大理石の美しい屋敷には目をくれる事無く一際大きな扉の前に立ち、執事が躊躇いの後にその扉を開けてくれた。
真っ直ぐに飛び込んだのは大きなテラスから差し込む明るい陽だまりの中にあるデスク。
彼女はいつもそこに座っているのだが、そこには居らず、部屋を見回せば隣へと続く部屋の扉が開いていた。
かつてシュヴァーンが女性の寝室を覗くのは失礼だと好奇心を抑え切れない僕達をそう言って嗜めたけど、ユーリ、フレンと呼ぶ声はその部屋から聞えてきた。
どうすればいいかと執事に問うも、彼はただ目を伏してどうぞと言うだけ。
少し躊躇いながらもフレンと一緒に初めて訪れる事になった女性の部屋へと踏み込めば、陽だまりの中のような明るい書斎とは打って変わり、厚いカーテンに覆われて温かな風さえ拒むと言うように締め切っていた。
「キャナリ」
声をかけて彼女を探せば大きなベットに沈むように横たわる彼女の姿に息を飲んだ。
左肩を中心に幾重にも巻かれた包帯と返事をする為に上げられた逆の手の指先まで細く華奢な指がなかったかのように厚く巻かれた包帯が腕全体を覆っていた。
それ所か起き上がろうとして捲れた布団から現れた上半身の腹部まで巻かれた包帯に言葉を失くす。
そして彼女は俺達を見てポロポロと大粒の涙を流したかと思ったとたん「ごめんなさい」ただその言葉を幾度か繰り返して意識を手放すようにベットへと倒れるように沈み込んだ。
「キャナリ!」
名前を呼んで駆け寄ろうとするも、一人の人物が部屋にやってきて俺達よりも早くその傍らに膝を付く。
隊服をまとうもその下から覗く包帯に無傷では無い事を知るも、それよりも傷付いている心が顔に表れていて、初めて見る彼のその表情に知っているはずの顔とは別人に見え、一瞬その名を忘れた。
眠る彼女の口元に顔を寄せれば暫くして安堵の溜息。
「彼女を休ませてあげよう」
何処かやつれた面影に頷くしか俺達に出来る事はなかった。
キャナリの部屋を出て、手入れの行き届いたバラ園を望む部屋へと案内された。
結界の外では魔物が退去して押し寄せ毎日何所かで葬式が挙げられていると言うのにそんな血なまぐさい現実とは別世界のような静かな部屋で出された菓子に手をつけることもなくイエガーと向かい合っていた。
ざっと聞かされた話では養父のシュヴァーンはキャナリを守る為に自らを盾にその存在と引き換えに彼女の一命を守ったと言う。
回復呪文の使える魔道士もろくにいない中、彼女は生き延びた仲間に支えられシュヴァーンの「生きろ」との最後の約束に帰還を果たしたと言う。
とは言え、生き延びた引き換えにかつてシュヴァーンがその立ち振る舞い総てが美しいと称した弓術を奪われたと言う事は、あの姿を見れば一目瞭然だ。
無事の帰還を待つのは私だけじゃないのにと彼女は自分を責め、目の前で散って行った友人の振り返った笑みにユーリとフレンになんと詫びればいいか更に己を攻めたと言う。
それを聞いてユーリは自分を恥じた。
シュヴァーンさえ戻ってくればいいのにと何処かで思った自分の我儘に彼が愛し生かそうとした命を一瞬でも恨み、彼の意思を一瞬でも考えなかった自分にひたすら恥じた。
彼から受けた恩は出会いと共にある。
親を亡くし、己が生きるのがやっとの中で育ててもらった町の人が賢明に掛け合ってくれた孤児院に入る事が決まり、寂しいと思うも町の人の恩を思えば拒否なんてもってのほかで、孤児院の院長と言う男に手を引かれてザーフィアスから馬車で半日ほど走らせた小さな結界の村と言ってもいいような場所に連れてこられた。
森を切り開いた何処か長閑な外観と別に村の中には子供の気配が何処にもなかった。
嫌な予感を覚えつつ、ここが孤児院だと放り込まれた一軒の家の地下には窓もなく、何処か怯えたような子供達が集められていた。
そこで漸くここが町でも噂に聞いていた孤児院と謀った人身売買の拠点で、既に集められていた子供から聞けばもう二日も食事所か水も貰ってないと言う。
餓ほど言う事を聞かせる躾けは無いからな。
ドアの外から聞えた言葉にぞっとしながら、既に力途絶え横たわっている子供に水を飲ませろとドアを叩いてみても、活力を奪われた子供達はただ座り込んでいるだけだった。
その中でまだ足取りも確かな子供が一緒になってドアを叩いて水を求めたのがフレンだった。
だけどドアの外には人が居ないのか何の反応もなく、やがて裂けた皮膚の痛みと枯れた喉にずるずると座り込みながら、生きようとする仲間にもたれながら旅の疲れも相成ってうとうととしてきた。
真っ暗の部屋で時間の流れを知る事は出来ない。
今が昼か夜なのか判らない中、当に迎えた空腹に時間を知る術もなく、ただ次に開くはずのドアを睨むように見ていれば外がなんだか騒がしくなった。
ついに売られるのかな?誰かが言ったその言葉に外に連れ出される時が逃げるチャンスだと、横たわる子供達に言い聞かせながらその時を待つ。
だが次第に聞えてくる音はそんな生易しい音ではなく、物の壊れる音、夥しい人の足音、そして断末魔。
暗闇が想像をかき立て横たわっている子供を背に庇うように立ちはだかる。
そして眩しいほどの光が飛び込んだかと思えば、人の姿を模る影はそのまま何処かへと向いてかの人を呼ぶ。
「シュヴァーン小隊長!見つけました!!」
見覚えのある姿と、帝都に居た時に聞きなれた呼称に緊張が一気に溶ける。
「助かった・・・」
俺と同じように安堵したフレンの溜息に背後から細波のような鳴き声が聞え、呼ばれた人物が数人の騎士を引き連れて助けに来てくれても、その鳴き声はとまる事はなかった。
建物の外に出れば既に人身売買にかかわった者は総て縄に縛られ、護送用の馬車に詰め込まれている所だった。
助け出された子供達はしめて12人。
陽の光の下で初めて見る顔はどれも窶れて疲れ切っているものの、健康そのものとなれば誰もが一目で心を奪われるようなそんな容姿の者ばかりだった。
騎士団が持っていた食べ物と水を何処か遠巻きに眺めるなか心行くまで食べていれば
「これからどうします?」
そういう話に次第に食欲が失せてきた。
その会話の意味が判らないような幼い子供達は我関せずと言うように食事を堪能しているが、意味に気づいた俺とフレンはさっきまで食べていたパンを握りしめこれからの自分の運命に唇を噛んで耳を傾けていた。
まだ10にもならない身の上では自分を養う力はなく、誰かに頼りきる恐ろしさは身を持って経験したばかり。
シュヴァーンと呼ばれた騎士の一言で俺達の運命が決まるのかと、自分で切り開く事の出来ない運命に悔しい思いで耳を傾けていれば
「そう言えばお前こないだフラレタばかりで結婚なんてしたくないって言っただろう」
は?と間抜けな声で答えた後、小さな声で頷く会話を聞けば
「どうせ嫁さんなんてもらえないんだ。もらえない嫁さんを捜す暇があるなら子供ぐらい養ってみないか?」
子供ながらにどういった理論だと思った。
同じような感想を持ったフレンも茫然と反論しようとする騎士を見ていたが
「どうだ?女の子なんて可愛いぞ。パパなんて呼ばれたらもう嫁さんなんて必要なし間違いなし!」
なおも折りたたみこむような言葉の嵐についにその騎士は頷くしかなかった。
「そう言えばお前のおふくろさんも足が悪くって話相手とか身の回りの世話をしてくれる人が欲しいとか言ってたな」
そんな前ぶりで別の騎士を捕まえてはさっきと同じように怒涛の話術で丸め込んで子供の引き取り手を決めて行った。
小さい子供から、女の子からと話しを次々にまとめて行き、最後にとり残されたのは他の子供達と比べても少し年上の俺達二人だけ。
そうなるとさすがに自我があるからとかなんか言って騎士達は逃げていく始末。
親を失ってからずっと一人だったのだ。
この騎士と交渉して寝る場所さえ確保してもらえば何処だって良いと告げようと思った瞬間、その騎士が目の前に立ち俺とフレンの頭の上に手を置いた。
「たぶん散らかった部屋になるが私の家でも良ければ一緒に来ないか?」
思わぬ誘いだった。
「今は騎士団の隊舎に住んでいるが、下町に居を移せば一緒に住む事も出来る」
僅か数日の事なのに懐かしい響きに口元が緩む。
「任務で留守がちになるだろうが、留守番をしてくれるなら大歓迎だ」
大人が一方的に決めるのではなくあくまでも決めるのは俺達の返事に口の中のパンを飲み込んで
「悪いけどパパなんて呼んでやらねーぜ」
精一杯の強がりで言い返せばフレンもそうだと言うように懸命に頷く。
目の前の男は虚を付かれたように俺達を見詰めた後、クラッカーが弾けたように笑い出し、つられて俺達も笑いあっていた。

それからもう十数年も経った。
長い月日はキャナリに落とした影を振り払い、献身的に支えたイエガーとの間にやっとと言うように子供ももうける事が出来た。
あの大傷を思い出せばよくぞ子供に恵まれたと女性の神秘にさえ感心する。
同じ名前を戴いた子供は物凄い勢いで育ち、ふにゃふにゃとして抱く事も怖れた日はとうに過ぎ、今では手と足と、全身を使って動くまでにいたった。
そんなある日、騎士団の団長室の隣にある空き部屋の中で短刀の手入れをしていた。
僅か数十日この部屋で暮らしていた男が唯一残した足跡は鞘のない短刀一本のみ。
かつて父と呼べずにこの世を去った男に何処か似ていて、知り合ってすぐにかけがえのない存在となった。
この部屋で色々な事を教えてもらった。
苦手な書類の書き方や、仮の隊長としての部隊の動かし方とか、当時は考えもしなかったが彼が騎士でもあったと言うアレクセイの推測に今更ながらに納得がいった。
彼が横たわっていたベットに机を寄せて今やっている事も教えてもらった事の一つ。
「ユーリ、何もベットの上で剣の手入れをしなくてもいいじゃないか」
呆れたようにベットの傍らに立って見下ろす視線にニヤリと笑みを向ける。
「ここだとレイヴンが使っていた手入れの道具が一式揃ってるんだよ」
「分解してまで手入れとは本格的ですね」
「まあな」
レイヴンの為に本を置いていったイエガーは資料探しにやってきていた。
フレンはそのお供で一緒に資料を探している。
レイヴンが居た時は言えばすぐ手渡してくれたので片付いているかと思ったらどうやらレイヴンが記憶しているだけでまったく片付けて居ないと気づいた時にはフレンが本格的に乗り込んできて本棚を誰が見てもすぐ判るように片付けている途中なのだ。
運悪くまだ片付けて居ない所に資料があったのか中身を確認しながら資料を漁る横でのんびりと剣の手入れをしているのを見れば苛立つだろうと思うも
「君達知っているかね。
 ここは私用で使える部屋では無いのだよ」
「でも、物置にしておくよりは建設的ですよ閣下」
突如現れた男の背後に控えていたキャナリの思わぬ反撃にアレクセイは口篭り、イエガーと一緒に資料を探し出した。
「それにしてもレイヴン意外とだらしねえのな」
いい加減なようできちんとしていた身形や室内からは思い浮かばなかった隙に亡き養父の姿も重なり小さく笑う。
柄とはばきを外し、柄に隠れた刀身には錆さえ浮いていた。
「血の汚れによる錆だな」
何気に物騒な事をアレクセイは言うが、彼の戦い方ならそれも否定できない。
思わず静まり返った室内の中で鑢で錆を落として砥石で表面だけでも磨こうと思いながら苦心していれば次第に綺麗になっていく刀身に刻み込まれた刻印に気がついた。
「なんだ?」
ひょっとして名のある名刀なのかと思いながら錆を落としていけばそこに刻まれたスペルの並びに言葉を失い、間際で一方的に賭けた言葉を思い出した。
『無事助かったとしたら、俺の秘密を教えてあげる』
生きるか死ぬかの状態の中で余裕釈然と言うように笑みを浮かべて言った言葉の一つ。
結局賭けは彼が願ったように笑う事は出来なかったが、気にならないといえば嘘になる秘密を今になって知る。
本棚に向いて資料を探すフレンの隊服を引っ張り、何処か迷惑そうに振り向いた顔にその刀身を見せ付ける。
なんだいユーリ。今は忙しいんだからまた後にして。と彼の口癖のような言葉は途中から途切れて同じように言葉を失った義理の兄弟と視線を重ねる。
信じられない物を見ていると言うように短剣を見つめていればすぐにキャナリがどうしたのと声をかけてきた。
フレンに見せたようにキャナリにも見せれば
「レイヴンがシュヴァーンだったの?!」
悲鳴とも歓喜ともいえない叫びに俺は力強く頷く。
その言葉に振り向いたイエガーとアレクセイにも見せれば誰ともなくその刀身を見つめる。
別の世界では一度死んだと言っていた彼が歪んだ生を受け入れてまで生きていた。
教え、諭し、語って、笑って。
どの世界でも変わらぬ彼にかつて共に生きた人では無いとは言え別の可能性を抱いて生きていた彼に何故気付かなかったと悔やむ。
彼は気づいていたからこそ沈黙を守ったのだろうが、それにしても酷い話だ。
二度と会えない人はやはり二度と会えなくて、なのに今頃になってこんな大切な秘密を打ち明けるなんて。
「シュヴァーンらしい」
騎士団入団以来の友人と言うイエガーの呟きに同じくキャナリもそうねと頷き
「シュヴァーンは向うでユーリとフレンと一緒に生きているのね」
伸ばした指先が愛しそうにその文字をなぞり語りきる事の出来ない思いを抱いて微笑む彼女にユーリは毅然とした態度で間違いを訂正する。
「シュヴァーンじゃない。レイヴンだ」
一度も名乗らなかった名前に正直未練は残る。
だが中身は何も変わらないのだ。
なら彼は彼だ。
確かにと誰も言葉を返す事無く頷き、曇り一つなくなるまで磨き上げた短剣を暫らくの間眺め、元の通りその名前を大切に隠し、新たに誂えた鞘にカチンと小さな音を立てて収めてその重みに知らず知らずに笑みを浮べ腰に差した。

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